僕が大阪から上京してきた年、まだまだ駆け出しだった頃の僕がオーディションを受け、その後1年間在籍することとなった「E-ZEE BAND」というバンドがあった。
90年にパイオニアLDCからデビューしたこのバンドは、日本では珍しい本格的FUNK BANDだったので、マニアの間では噂になった。
でも、このバンドの曲がオリコンとかにチャートインして名前が売れ始めた頃には、すでに僕はバンドを抜けてフリーのベーシストとして活動を始めていた。だから僕がこのバンドに在籍していた時期というのは無名な頃だから、それはもう貧乏バンドにおける過酷なツアーの毎日だったのだ。
その中でもとりわけ過酷で、でもとても感動的であった、今でも忘れることが出来ない思い出深いツアーがある。
その時ことを今回紹介したいと思う。
誰が名付けたか、「ライン号」と呼ばれていたそのクルマは、あちこちがへこみ、錆もいっぱいある古いトヨタハイエースで、それが我々「E-ZEE BAND」の機材車であった。
白地の車体をぐるっと一周するように20cm位の太さの茶色いラインがペイントされていたので、「ライン号」なのである。頼りないが、なかなか愛嬌のある奴だった。
メンバー達は普段そのボロボロのハイエースでスタジオやライブハウスやTV局なんかに出かけていたが、しかし地方まで出かけるツアーとなるとそれ1台だけで、メンバー7人とスタッフ3人全員を乗せて移動するなんていうのは不可能なのは明白だった。
そこで、当時メンバーの中で唯一自分のクルマを所有していた僕に、事務所が、まるでそうするのが当たり前だというように、その車をを出せと言い、僕は、自分の車(5年落ちの中古のレビン)をツアーのために使うことを余儀なくされたのだった。
そうして、一行はポンコツ2台で旅立つことになった。季節は冬だった。
旅の途中、ドラムの財部(たからべ)氏がパチンコにはまって、持ち金全部なくなる事件や、キーボードの高橋氏がこっそり一人で風俗へ出かけていたことがバレたり、パーカッションの堂園氏は長年思いを募らせていた女性にステージの上から愛の告白をする、という、ファンクバンドなのにフォークグープみたいなイベントも交えながら、旅はなかなかそれなりの盛り上がりを見せていた。
一行は、岡崎、名古屋、京都、大阪、博多と、みそ煮込みうどんの予想以上の熱さに恐れおののき舌をやけどしながらも順調にライブハウスを巡って行った。
そこまでは、まあ、普通である。いわゆる、貧乏ツアーである。しかし問題はこの後だ。
我々一行はこの後、博多のステージの翌々日に、北京入りしなくてはならなかった。
貧乏ツアーのくせに、北京公演というものが控えていたのだ。でも、博多からその足で北京入りすれば、まあ、普通のハードスケジュールであろう。
しかしそうはいかないのが、極貧ツアーの醍醐味という物だ!
事務所の人曰く、「博多からの飛行機だと、機材のトランポに費用がかかるんだよねー、それに、他のスタッフはみんな成田から出発するんで、一緒に行ってくれた方がずっと安いんだよなー。」・・・
もちろんメンバー達はみんな頭に来ていた。明らかに怒っていた。腹の中はみそ煮込みうどんを5時間くらいは煮込んだ様な状態だ。
しかし人々はそのことに対して怒りをあらわにし、声を大にして次々と不満を申し述べていく、などということはしなかった。
ただなんとなく「そんなこと言わずに、博多からの便を取ってほしいなー。」とか「俺たち、もうへとへとなんだよなー。」などと力無く訴えるのみでなのであった。なぜならリーダー安達氏というヒトは、実は過酷なことが大好き好き好き体育会系人間だということを、メンバー達はよ〜く知っていたからである!
安達氏曰く、「あ、成田まで戻ることにしたから。」
メンバー一同「ギャー、このマゾ!」
ということで、博多から一気に成田まで移動することとなった我々一行は、ポンコツライン号とレビン号に乗り込み、博多ライブの翌日の朝10時に博多を出発した。もちろん、くるまの運転は順番で何度か回って来ることになっている。
我々は閉じようとする目を何度も何度も無理矢理開きながら昼夜を通して運転した。そして、ようやく成田へ着いた頃には、冬の早朝の渇いた太陽光が、空港の冷たく湿ったスロープを青白く照らしてい、それはまるで獲物を捕らえる為に自らの身体を必要以上に曲がりくねらせて、一気にジャンプしようとしている毒蛇の様にさえ見せていた・・・(純文学風)
18時間も車の中で煮込まれた俺達は、ドロドロになった体を引きずりながら飛行機に乗り込み、北京に到着。
ラーメン食う暇もなくすぐにリハーサル会場に入る。昼食という名の、赤色102号で真っ赤に染まったジャムトーストを、訳の分からない脱脂粉乳様の液体で腹へ押し流し、そのままリハーサル開始!
しばらく演奏していると、足元のモニタースピーカーから変な音が聞こえてきた。「ああ、ついに幻聴が・・・」と思ったが、ふとPA卓の方を見ると、PAアンプから煙がもくもく出てきている!
あわてふためく音響スタッフ達。どうやら電圧が合わないらしい。音響スタッフには悪いが、もう笑いに笑ったぜ、ちきしょー!涙も出ねえや。俺のベースアンプは大丈夫なのか?
・・・つづく |